楽に“大企業人生”をまっとうすることもできる立場なのに、自分の心に素直に世界を開いていく倉本さんの、今夢中になっている新規事業とは。そしてその本当の目標について語る。最終回
PROFILE
倉本 昌幸さん(37歳)東京大学大学院修士課程を卒業後、味の素株式会社入社。8年ほどR&Dに従事し、社内公募により1年間一橋大学に通いMBAを取得。その後、大企業同士でのコラボレーションを行うオープンイノベーションに3年ほど参画し、2020年7月からアミノインデックス事業部に所属。また、コーポレート戦略部で自らの新規事業開発も並行して推進している。
自分の時間の使い方に、優先順位をつけることで変化が起き始める
社内を見渡したとき、倉本 昌幸さんのような考え方をする人は少ないのだという。「社風というより、大企業って大体みんなそうなんじゃないかな」。9時から5時、コアタイムを苦行のように耐え、その時間を楽しめるようにプロジェクトをつくっていくという発想がそもそも存在しない。倉本さんは “大企業人材” としては自分の時間の使い方がだいぶ自由になったと感じているのも、そういう背景にありそうだ。テレワークが標準スタイルとなった現在では、「16時~18時はもうバーン!と不就業です、と宣言するスケジュールを組んで、まだ小さい子どもたちと公園へ遊びに行く。自分の時間の使い方も、家族と過ごす時間の優先順位も変化していっている」。
とはいえ「子育てには実はもうちょっと関わっていきたくて」。自身が子どもの頃、父親はあまり子育てに関与しなかった割には結果だけは求めてきたと振り返る。だからこそ、自分は子どもをどうするか?ではなく、プロセスにどんどん絡んでいきたいという欲求が大きい。けれど、「今は在宅時間が増えたので、上の子のときよりも下の子が懐いてくれるのがうれしい」と、顔をほころばせた。
「今、生活全体の満足度はかなり高いと思う」と言いつつも、どこかぴりっとした緊張感を漂わせるのには理由がある。現在自身が進める新規事業が採択の段階にあるからだ。エントリー段階で150組ほどだったものが、取材時では5組に絞られていた。次の関門を間近に控え、「新しいビジネスで世界を変えていきたい」と語る静かな口調のなかに、倉本さんの思いがビシバシと感じられた。ただビジネスをするのではない。目標は、自分の世界にこの事業をとおして人を巻き込んでいくこと。一体どんな事業なのだろうか。
ファットクリエイターから、スリムクリエイターに変えたい
出汁をカプセルタイプのコーヒーのような手法で手軽に飲める事業だ。出汁を毎回きちんと引くのは手間がかかるが、既存のコーヒー抽出マシンのようなものに出汁カプセルをセットするだけで数秒で味わえることを構想している。「出汁はおいしいだけでなく、リラックス効果や満足感も高い。これによって間食などが減っていくと、健康増進に貢献できるんじゃないか」。そもそも日本人は欧米人に比べてやせ型であることの背景のひとつには、こういう出汁由来の和食の文化が影響すると考える。「世界にそれを広めていくと、ヘルシーになってさらにはダウンサイジングできて、すると健康体なので医療費も食費も削減できるのではないか」とビジョンは広がる。「出汁」と聞くと、「ほんだし」を持つ味の素ならではの発想なのか?と言えば、自身は食品事業に携わったことがないとはいえ、旨味や出汁の価値への傾倒は影響を受けているはず。人口が100憶人を超えて近く必ず食糧難になる。食べすぎの人を減らすにはどうしたらよいか?との問いに答えるかたちでこのビジネスを着想した。
「ファットクリエイターから、スリムクリエイターに変えたい」。実は取材の数日後、最終選考からは漏れてしまったとの知らせが届いた。けれど倉本さんならば、さらに進化させたビジネスモデルをお目にかけてくれるはずだ。
小さくまとまるな!外の世界に自己を開いていく
最後に、倉本さんと同じように大企業で働く人たちがぶつかる、「これまで未来永劫存在すると信じられていた大企業人生って、本当にこのまま用意されているの?」という問いについても意見を聞いてみた。たとえば35歳前後、ちょうど子育て世代であるが、このまま会社を信じて仕事に舵を切って出世レースにいそしむ?いやいや、家族との時間をしっかり過ごしながら大企業人生をまっとうできる道を模索する?
「今後の世の中は、すごくダイナミックな変化が起きている。これまであった大企業人生って、そもそもサステナブルに成り立つものか?という疑念がわくはずだ」。ならば、どう生きるか。
「自分が何をやりたいのか。これを知っていれば意思決定がとてもシンプルになる。その背中を子どもに見せていても、子どもも一緒に楽しめるはず。そのためにもやりたいことを見つけるというのは最初の一歩として極めて重要だ」と言うが、それは自分一人の頭のなかでいくら会議をしてもたどり着かないだろう、とも言う。「これまで会ったことのない人にどんどん会いにいってみる」ことにブレークスルーの秘訣がある。そうした状態を意識してつくることが有効だと考える理由は、他者と話していることで見えてくるものがあるし、客観的に語られる自己が、自分の知らない自分だったりすることは多いからだ。
「大企業って人は多いけど意外に狭くて、自分の半径30人程度のつきあいで事業に関わっていたりすると、それだけで人生は終わってしまう」。そう語る彼が、会社に新しい風を吹き込んで「変化の中心」となっていく人であることは、もはや疑いようもない。
人生いつも場面に応じて「キャラ変」をして立ち位置を築いてきたことに自負があるそうです。コンプレックスは対峙して解決するもの、と考えいつも状況を楽しむことができる力を身に着けた倉本さんのしなやかでタフな存在感は、たくさんの人にまぶしく映るのではないでしょうか。
(1)「企業が生み出すものは“新しい何か”というだけでなく、“役に立つ何か”であるべきだ」倉本 昌幸さん
(2)「海外勤務で直面した人を動かす難しさ。体験と自己内省が精神を磨く」。倉本 昌幸さん
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