(1)「企業が生み出すものは“新しい何か”というだけでなく、“役に立つ何か”であるべきだ」倉本 昌幸さん

「どんな状況でも楽しめる人間」と優しく微笑む瞳の向こうにのぞむ、傷みを知る人間ならではのナイーブさが光る。課題を自ら立ち上げ、クリアしていくことで乗り越えられるレベルを上げていく。挑戦前夜、全3回。


PROFILE
倉本 昌幸さん(37歳)東京大学大学院修士課程を卒業後、味の素株式会社入社。8年ほどR&Dに従事し、社内公募により1年間一橋大学に通いMBAを取得。その後、大企業同士でのコラボレーションを行うオープンイノベーションに3年ほど参画し、2020年7月からアミノインデックス事業部に所属。また、コーポレート戦略部で自らの新規事業開発も並行して推進している。


社内起業家への挑戦、高い熱量の理由  

 時期も時期、インタビューの際にはマスクをかけつつ穏やかに話す倉本 昌幸さんであったが、今手掛けている自身考案の新規事業への情熱が、身体じゅうから静かに炎を立ち上らせているような熱量が伝わってくる。連結で総従業員数35,000人を超す押しも押されもせぬ日本有数の食品メーカーである味の素株式会社で研究開発の現場に立つ彼は今、嬉々として二つの事業部「アミノインデックス事業部」と「コーポレート戦略部」とを兼務している。前者はまだできて10年ほどのビジネスで、健康診断の際にオプションで受ける血液検査を開発しているという。「三大疾病」と「認知機能低下」のリスクチェックができる血液検査であり、そこで根幹に当たるサービスのアップデートやビジネスモデルの変革などを遂行しつつ、もうひとつの所属先であるコーポレート戦略部では、新規事業の立ち上げに挑戦している。


 「今年から社内起業家の公募がスタートした。そこに手を挙げて現在選考に残っている状態だ」。 倉本さん自身が第一期生でありながら、戦略を立て“中の人”として実行していく部署である。もともとコーポレート戦略部はM&Aを実行する部隊であり、M&Aを担当するチームの他に、倉本さんのように自主的に新規事業に手を挙げてブラッシュアップしている段階の人が5名ほどおり、一週間の仕事量のバランスは基本的には自分の裁量で進めることができる。


「与えられた仕事」と「やりたい仕事」をバランスさせ没入する毎日

 「兼務は大変ですが楽しい」とほほ笑む目に往来の人懐っこさを見せつつ、その実態はハードだ。 しかしながら、既存事業は半ば組織から与えられた仕事である一方、新規事業はゼロから自分の発想で組み上げていくものだ。「与えられた仕事であっても面白ければ150の力が出せるが、やりたい仕事であればさらに250の力が出せる」と熱っぽく語る。

 いかにも充実ぶりを感じる今の倉本さんであるが、こうしてやりたいことに挑むことのできる立ち位置に至るまでに、ふと置かれている現状に迷いを感じ、その答えをつかむために自ら行動を重ねることで、機会の拡大を図ってきている。「与えられたもの、ポジション、報酬、役割を満たして、それを上回る成果を上げて評価される、というレールに乗ってなんの問題意識も持っていない時代もあった。外の世界を見ない限りは、それで結構幸せに生きられてしまうものだ」という倉本さんは、同期のうちでも早期に出世を果たし、そこそこ満たされるものがあったという。あるとき、大企業同士でコラボレーションをするオープンイノベーションの一員として参画した際に、この状況に疑問を持つことになる。

順風満帆な日々の終わり、求め始めた「変化」への希求

 もともと倉本さんの出自は、研究開発である。東京大学大学院で研究開発に従事し、自分の発想で何か新しいものを生み出したいとの思いから同社で研究職に就いた。念願かなって社会人としての生活にも慣れていった2年目、ふとある疑問が頭から離れなくなる。「自分のやっていることって、“新しい何か”はつくっているんだけど“役に立つ何か”になかなかつながっていかない」という考えに、日々の仕事は答えをくれることはなかった。

 そもそも彼の勤務するのは大手の食品メーカーだ。周りを見渡してみても、自分と同じような息苦しさに葛藤する人はほとんど見当たらなかった。そんな迷いのさなかにも、ピンときたものにはどんどんアクションをしてみようと焦燥と共に行動に出ることにした。社の配置転換の公募があり手を挙げると、新たな知識やスキルの必要も感じてビジネススクールの単科受講を開始するなど、ひとつの行動が契機となって次の行動へと道を築き始めた。


「自分のキャリアを大きく変えてみたい」。 完全に守られた大きな組織のなかで、自他ともに認める順風満帆な道の上に物足りなさを覚え、まだ見ぬ自分ですら正体のわからぬ“何か”を追い求める日々がついに始まったのだ。

(第2回につづく)

River

ビジネスパーソンの “はたらく+暮らす” 応援マガジン。 組織と個人の関係は、もっと健康的になっていい。 1人ひとりの生き方や仕事観が、多様に開花する時代に 誰かの軌跡が他の誰かへのエールとなる。

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