(1)海外でサステナブルを深め「真に向き合うべきは人間と気づく」。東 千恵子さん


5カ国以上に居住し25カ国以上を訪ね、サステナブルな生き方と社会の実現へ向け探求と実践を重ねている東 千恵子さんの足跡をたどる旅。全3回

PROFILE東 千恵子さん。ジェームスクック大学大学院理学部修士、ブレーキング工科大学大学院サステナビリティ戦略とリーダーシップ修士、アクションラーニング協会認定コーチ。メキシコの環境ソーシャルビジネス「シエラ・ゴルダ環境グループ」の環境教育オフィサー、「地球を巡る学びの船旅をつくる、ピースボート」企画部国際コーディネータ等を経て、一般社団法人Happier Businessを設立。世界的環境活動家で著名な生物学者デビッド・スズキ氏、「ティール組織」著者のフレデリック・ラルー氏、オーストラリア緑の党党首ボブ・ブラウン氏の通訳をはじめ、国際環境会議での同時通訳など、通訳としても活躍している。


野生イルカや環境への興味が導いた、真のテーマと出逢う

 この人にいつかもっと話を聴いてみたい、そう思っていた。もっと適切に表現するならば、「語り合ってみたい」だったかもしれない。理由はいくつもある。たとえば、「WaLaの哲学」で同期生として共に学ぶなかで知った、東 千恵子さんの静謐な存在感や「サステナブル」を語るときの、誰の借り物でもない紛う方なきオリジナルの言葉の表現に出逢ったときなどだ。念願かなって取材が実現し、待ち合わせ場所に現れた千恵子さんは、いつもと変わらず自然体そのものであった。

 本人いわく「英語圏で当時、一番学費が安かった」という理由から、日本で中央大学法学部を卒業するとオーストラリアに渡った。そこで海洋生物学を学び、なかでも野生イルカの社会行動と生態学を修士で研究し、その過程で天然資源管理や環境マネジメントについても学びを深めていくという、まさしく充実した時を過ごしていた。ところがある日、そんな日常を大きく覆す出来事が起きる。9.11のテロである。世界中が衝撃と悲しみに包まれたあの出来事は、千恵子さんの人生にも大きく影響を与えたのだ。

ふと見渡すと、共に学ぶ同級生たちはソマリアやルーマニアといった紛争地域から亡命してきた学生が多く、「自分が送る当たり前の日常が実はとても脆く、危険と背中合わせなんだ」との実感を持つようになった。これまで環境保護や野生動物の保護の観点で研究をしていたが、「環境問題と社会問題、紛争問題が自分のなかで根本的な原因がつながってしまった。結局は人間の社会の在り方とか、経済活動の在り方ということなのだと知った」。もともとはイルカや環境に興味があって向き合ってきた千恵子さんが、真のテーマに出逢う。「私が向き合うべきは人間なんだ」と。


サステナビリティを社会に落とし込むために学ぶ日々

そうした思いを抱いて日本に帰国すると、派遣で働きながら環境教育に軸足を移す。NPOのスタッフとして子どもや親子向けに海辺の自然体験教室を開いたり、環境系の議員に向けてグリーン政策が進んでいたオーストラリアへのスタディ・ツアーを組むなどしていたが、「だんだん日本にいるのが窮屈になって」ピースボートの通訳ボランティアへ突如転身を図ると、地球一周の船旅へ出た。ちなみにピースボートとは、各地の人々と現地での交流を行うことで国際交流と理解を図るNGOだ。やがて、協力隊の一員として、メキシコの環境系ソーシャルビジネスの団体へ派遣される。そこでは、「環境教育オフィサーとして、幼稚園から高校生までに対して “サステナビリティとは” ということを教えていた。自分たちの生活をしながらどうやって環境負荷を減らすのか、ということなどを楽しみながら学べるプログラムを作って、子供たちに教えていた」。このとき2006年から2008年。日本ではまだ、“サステナブル” という単語は現在のように使われてはいない頃である。


「メキシコでそうした生活を送るうち、オーストラリアで学んだ科学的知識だけでは物足りなくなってきた。サステナビリティを社会に落とし込むために、サステナビリティの全体像を知りたい。それを社会に実装していくための方法を知りたい」と強く志向するようになった。そこで千恵子さんは、次なる学びの場をスウェーデンに定める。しかし、その前にどうしても行きたいところがあった。

 「スウェーデンに行く前に、人間を何万年も生かしてきた技術、哲学を学びたい」と思った千恵子さんが向かったのは、アメリカ先住民の狩猟採集生活の技術や哲学を教える学校だ。そこでは、一週間ほど、水道も何もない山の中でキャンプをしながら、連綿と続いてきた技術哲学を学ぶ。「文明崩壊後の社会ってこんな感じかしら」と思いつつ、その後の人生に大きな影響を受けた。「文明社会ってすべてが工業的なプロセスで、物の生産や廃棄のプロセスが見えなくなっている。きれいな部分しか見せない。でもこのときの生活で、人間て本当に自然に生かされているんだな、とわかった」。着るものや食べるもの、すべてが循環して生きているんだ、と心から実感することができたのと言う。その実感は、「現代社会では見えにくいけれど、基本的に普遍的なものなのだ」と、腑に落ちたのだった。

 満を持してスウェーデンの地に降り立ったのは2009年。10ヶ月かけて大学院でサステナビリティ戦略とリーダーシップというコースを学ぶ。組織や人を動かしていくためのノウハウを知るためのアプローチはとても面白いものだった。「最初は理論が8割、実践2割なんだけど、それがだんだんと10ヶ月のうちに逆転していく」。参加体験型で学んでいくなか、理論と実践の割合がグラデーション的に変わっていき、50分間という集中がぐっとできる時間のなかで、人種やさまざまなバックグラウンドの異なる学生同士でディスカッションはもちろん、プロジェクトチームを作り実際に地元企業から案件を取ってきて運用していく、などといったスタイルは、千恵子さんにとても合っていた。

第2回へつづく


River

ビジネスパーソンの “はたらく+暮らす” 応援マガジン。 組織と個人の関係は、もっと健康的になっていい。 1人ひとりの生き方や仕事観が、多様に開花する時代に 誰かの軌跡が他の誰かへのエールとなる。

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