社員全員で“知識創造理論”に取り組み、これを率いるエーザイ㈱の高山 千弘さんが、屬 健太郎氏主宰の『WaLaの哲学』のどこに共鳴するのかを聞いた。第2回
(1)「共感が自分を変え、やがて社会を変えていく」。エーザイ㈱ 知創部フェロー 高山 千弘さん
患者と過ごすことでトランジションが起きる
「利益を追求しないということは、言い換えて “エゴをはずす” ということだろう」。高山 千弘さんが勤務するエーザイは、製薬企業でありながら「薬はOne of themに過ぎない」と断言する。その潔さにはもちろん、企業理念の “ヒューマン・ヘルスケア” に基づいた考え方があり、共同化において病気の方とふれあうことで患者の想いを暗黙知として受け取ると、「この方の憂慮はなにか、本当に望んでいることはなんなのか?」という思いが自然とわいてくるはずだ、と言う。「そのとき薬はひとつのツールでしかなくなり、患者様本人ですら気づいていないことを我々がソリューションとして提示していくことができるはずだ」。
こうした考えを実際に企業のビジネスとして行ってきた多数の実績が、高山さんの確固たる言葉の強さにつながっている。例として、アルツハイマー型認知症薬を米国で臨床試験、FDA申請から承認まで担当したのは高山さんだった。
「僕は当初、認知症の方は何もわからないだろうな、感情もないのだろうな、と思っていた」。しかしその予想は実際に患者と過ごしてみると見事に裏切られた。感情豊かで人間らしい姿に触れ、「まさにトランジションが起きた」と語る。患者との出逢いがそれまでの自分から180度の変化を起こす。「自分がもし変わるとしたら、患者様との出逢いが変えるのだと知った」。エーザイでは、全世界にhhc(ヒューマン・ヘルスケア)マネージャーが存在し、ネットワークを講じて同じ考えのもと「患者様のために」日々の業務をつくっていくシステムが機能している。
閉じた“個”を開放することで企業を内から変えていく
「僕が健太郎さんの『WaLaの哲学』にバックアップで参加しているのは、こういった考えの企業をもっと増やしていきたいからだ」とし、多くの企業が経済合理性を追求することで疲弊してしまう “働く人” たちへ向ける、高山さんのまなざしは優しい。「人類にプラスの貢献を果たしていくような企業をぜひとも増やしたい。そう考えるとき、企業の中の人材から育成していく必要がある」。これこそが、高山さんが東奔西走しながらもこのアカデミアに時間を割く理由なのである。「自分が制度のなかで言われたことだけやればいい、とい考えてしまうのは “個” が閉じた状態。そうではなく、もっと開放してあげること、十分に共感の場を与えてあげること、“個” が開くにはそれが必要だろう」。では具体的にはどうすればよいのだろうか。
次へ向かうプロセスの場をシェアする場
「人と人との出会いに尽きると思う。そのときに、“誰が今、一番助けを求めているか?” というところから考えてみるといい」。高山さんが知創部で体現してきた “知識創造理論” と、『WaLaの哲学』による個へ迫るアプローチには共鳴するものがある。特に高山さんが同調するのは、「どういう態度で、どうすれば“個”が開く状態へ進むか、『WaLaの哲学』の内容は具体的にその部分へ切り込んでいる」点にあるとし、講義が進むほどに深く参加者の心のなかの状態にまで落とし込んでいき、参加者と分かち合い、「どういうふうに未来をもっていったらよいのか?」という命題に取り組む。「これはもう、次へ向かうプロセスをあの場でシェアしているということに他ならない」。
高山さんが期待するのは、ヒューマニティーを稼働ロジックとして搭載した新たな企業の登場だ。資本主義のなかで鎖に縛られた企業ではなく、「こうした新たな企業が続々と生まれていくことで社会が変わると信じている」。野中郁次郎氏のもと、エーザイが長年さまざまな企業に “知識創造理論” を伝え、アドバイスをしてきたことを『WaLaの哲学』ならば組織的な実践が可能であるとする。しかし本当に高山さんが「将来の希望」と言う、新たな企業が登場し社会が変わることは夢物語ではないのだろうか。そもそも、エーザイだけが特別優れて先見性を持ち、実践できる企業だった稀有な例と言えなくはないのか。
「世の中変わります。あなたは変われますか?」
エーザイの現社長である内藤氏が社長になった際、社員に対してこう投げかけた。「世の中変わります。あなたは変われますか?」と。おそらくその時点では戸惑った社員が多かったはずだ。そこで内藤社長が採った行動こそが、患者とふれあうことだった。
少しずつ認知症の人のなかに入っていき、お世話をする、啓発セミナーを行う、これらを徹底して進めていった。「世の中を変えますと言う人はいるが、そもそも自分というのは、その“変えるべき”と思う世の中のシステムの一部だ。ということは、自分も変わらないと世の中は変わらない」。ところが多くの場合、“自分を変える” とは言わずに “世の中を変えます” と言いがちであることが、問題の解決にならない理由だと続けた。
通常、製薬会社では処方箋を切る医者を最優先とするものだが、このとき内藤社長はそれを患者と定めた。「患者様のために自分が存在していて、その方々のために自分が努力していく」。これがエーザイの活動であり、高山さんが「新たな企業の登場」を夢ではないと考えるに足る、十分すぎる理由なのだった。
第3回へつづく
PROFILE
高山 千弘さん エーザイ株式会社 執行役員 知創部 部長、現ナレッジクリエーション・フェロー。医学博士 経営学修士。1982年東京大学薬学部卒業後、エーザイに入社。1992年海外へ留学、英国にてマンチェスター大学MBA(経営学修士)を取得。1994年米国勤務にて治療スタンダードとして世界初のアルツハイマー病治療剤の臨床試験、FDA申請、承認を担当。1998年日本に帰国後、同治療剤の厚生労働省への申請、承認を統括する。責任者として、普及にとどまらず、アルツハイマー病などの認知症の社会的な疾患啓発活動と、受診・診断・治療・介護において認知症の人とご家族の支援を目的とするソーシャル・マーケティング活動を統括する。
(1)「共感が自分を変え、やがて社会を変えていく」。エーザイ㈱ 知創部フェロー 高山 千弘さん
0コメント